
母が所望した『本当は恐ろしいグリム童話』と並べて置けば、面白い絵になるのではと考えて選んだ。グリムやアンデルセン、ギリシャ神話、日本昔話、カフカのパロティまで、世界のお伽話をアレンジしたダークな短編集だ。著者に関心があったのも手伝って、選んだ一冊でもある。倉橋由美子のゴシック嗜好が、古今東西の童話に蜜のごとく絡みついて、毒々しく、いかがわしいムード満載。
しかし、中身が分かってみると、『大人のための~』と『本当は恐ろしい~』を連ねるなんて悪い冗談でしかない。この二冊はあたかも似た志向(エロ)でまとめたかに見えて、そのじつ、相当な差異がある。本来、並べて論じるものではないが、強引に言うと、二冊の共通項から、大人が童話に求めるコトが浮かびあがってくる。
たてまえとしては、童話とは児童に読ませる話。多くの「良識ある」大人は、子供に見せたくない陰惨な要素を、注意深く取り除く。「良識ある」層ほど、童話の比喩の裏にどれほどの人間の邪(よこしま)さや欲深さが潜んでいるのかに、自覚的だからだ。
大人のためのと銘打った童話は、惨たらしく嫌らしい。除去した箇所が修復された光景に、大人達は「そうそう、童話は本当は残酷なのさ」と非常に納得顔をする。前々から思っていたことを言葉化されて、すっきりするのだろう。
と言っても、残酷だというだけでは、既知の人に訴えるものが少ない。本書が特別に興味深いということはないが、倉橋のインテリジェンスに触れられるのが、この本を読む愉しみになっている。一旦、氷水をくぐらせたかのように冷たくひかる言葉で表され、読むと頭の中がさっぱりする。
大抵の下ネタは、笑うことを強要するが少しも笑えない。この手の話をすると、品性がなくなるらしいのだ。エロティックな会話を交わすなら、こんな風に(というのも何だが)気品のある、お高くとまった語り口だったら楽しめそう。